価格 :\ 2,835 (税込)
著者 :ベンジャミン・リベット
発売日 :2005-07-28
発売会社 :岩波書店
評価 :★★★★☆ ( 11 のレビューがあります)
ジャンル :単行本
可能時期 :通常24時間以内に発送
ASIN :400002163X
脳神経科学者であるベンジャミン・リベットが行った「感覚」「意識」に関する実験から得られた知見の紹介と、その知見に基づいた彼なりの「自由意志」に対する仮説の紹介がなされているのですが、同じ内容の繰り返しが多く、文章が冗長で論点がぼやけてしまっており読み通すのに苦労しました。
著者が実験から得た知見を簡単にまとめると
1.刺激感覚が意識されるのにある程度の時間がかかる
2.その遅れをさかのぼりあたかもその時間の遅れがなかったかの様に補うメカニズムが脳にそなわっている
3.刺激時間が短く意識されない感覚であっても脳としては認識している
4.「自由意志」で何か行為を始めようと決定したと本人が思った瞬間よりも前に実は脳で神経活動が始まっている
の4つです。これらをどの様な実験によって確かめたかを延々と紹介しているのですが、その記述がいかにも冗長です。
後半で彼なりの「自由意志」に対する「精神場理論」と言う仮説の紹介がなされていますが、残念ながら彼が行った系統的ではあるがあくまでも限定された脳活動に対する実験から得られた知見にのみ基づいており、とうてい脳全体の理解に敷衍するには無理があると思われます。
カール・ポパーの「反証可能である仮説のみが科学的仮説である」の立場から、推測や議論に立脚する形而上学的脳神経学ではなく、あくまでも実験によって仮説を一つ一つ証明することによって脳神経「科学」たらしめようという苦闘の物語とも読めますが、「自由意志」「意識」「魂」「自己」などに関して脳神経科学が答えを出すにはまだまだ果てしなく長い道のりが前途に横たわっているのだなと言うのが本書を読んだ実感です。
脳化学の本で数多く引用されているリベットの実験が、本人の手でわかりやすく書かれている。
また、リベット自身の心身問題への意見も書かれている。そちらも興味深い。
彼の実験は以下のようなものである。
まず被験者の脳に電流を流すと、それが0.5秒より短い場合、被験者は何も感じない。
また、被験者の脳に電流を流し、その0.5秒後に手に針で刺激を与えると、被験者は二つの刺激が同時におきたと感じる。
手からの刺激は、脳に刺激需要時のシグナルが残っており、0.5秒たった後に、体感時間を0.5秒分戻すのだ。
つまり、われわれの知覚は0.5秒遅れているのだ!
また、被験者に好きなときに腕を動かしてもらうようにいうと、被験者が意志を持つ0.5秒前に脳はすでに動き出していることがわかる。
このことは、我々の自由意志がフェイクであることを示している。
ただ、我々には、無意識から起こってきた意志を拒否することはできる。
リベットは、完全な決定論を取らない。
リベットの心身問題への見解は、かなり二元論に近い(彼自身は違うというが)ものである。
彼の論は、脳という物質空間と密接な関係を持つCMF(統一された意識をともなう精神場)が存在するというものだ。
そのCMFは、脳の存在が不可欠だが、CMFの動きは、通常の物理法則とは異なっている(かもしれない)とする。
実験自体は非常に興味深いものだ。
脳と心、自由意志の問題を扱うなら、彼の実験を知らないものはいないといってもいいだろう。
それが彼の口からわかりやすく語られているのはとてもよい。
しかし、より哲学的な心身問題については、リベットの見解には疑問がある。
まず彼は、デネットやサール、チャーマーズといった哲学者の論に対する反論として、反証不可能ということをあげることが多い。
しかし、反証不可能性のテーゼは「科学」であるか否かの基準として用いるものである。
したがって、生物で創造説を教えようとする人々や、マルクス主義を科学と称する人々は、その反証不可能性を元に批判されてもしかたがないが、上記したような哲学者たちは、果たして自分の論を科学だといって主張したのだろうか。
もしそうでないなら、反証不可能性によって彼らの論を直ちに退けることは出来ないはずである。
それに、科学に扱える範囲には限界があるのだから、リベットが提示する理論は科学の枠内ではもっとも妥当性が高いものかもしれないが、科学ではない論を誤りだとして退けるほどに強いものだとは言えないだろう。
また、彼のCMF理論は検証可能だという。
確かに彼の提示する実験が成功した暁には、その理論の正しさは保障されそうである。
しかし、逆に言えば、彼の提示する実験が、彼の予想とは逆の結果を出した場合、唯物論的理論やアスペクト論、決定論のほうが正しさを得ることになるだろう。
であるとするならば、実験が行われていない現在は、決定論や唯物論とリベットのCMF理論とは同程度の確からしさしか有していないといえるだろう。
述べられていることは非常に興味深い。この実験結果に基づく学説が、その意外性のために最初はまったく受け入れられなかったのも無理はないと思う。私も実験事実は受け入れるとしても、欧米の哲学の根元である「自意識の存在」がゆらぐような意思決定の仕組みには驚いた。著者もわざわざデカルトを蘇らせて、自意識といかに両立するかという架空対談を行うに至ったほど、意外性のあるものだ。
しかし本書で著者が一番言いたかったのは、斬新な学説ではなくておそらくこのフレーズである。「実験上の発見は多くの場合、直感に反した結果と独創的で創造的な推論をもたらします。おそらく量子力学ほど直感に反し、常識と対立するものはないでしょう。それにも関わらず、量子力学は物理の大きな柱と考えられており、実験による観察の結果を正確に予見しているのです」
量子力学が、直感に反する結果を実験で検証した結果、今は物理学の基本事実として君臨しているように、著者が専門とする大脳生理学においても、実験科学者としての著者の業績が共通認識として光り輝くのだということだ。
しかし、私にとって本書は読みづらいこと甚だしくて、何度も投げ出してしまった。
まず序文が重すぎる。さらに最初の章も、理論先行で実験による再現可能な検証が軽んじられてきた事に対する積年の恨み辛みが噴き出したようでいただけない。これから読むのであれば、いきなりから2章から読み進めるのが適切だ。それでも訳者による訳注が挟み込まれないと著者の意図が分かりにくい文章だったりするので、読了するのに根気を要するだろう。そのときは翻訳者のあとがきが一番簡潔なので、こちらを読んでからの方が入りやすいだろう。もっとシンプルに、わかりやすく書いて貰えれば、さらに読者層が広がるだろうにと思える。
リベットは、意識が気付くためにはその刺激が最低400ミリ秒の時間の持続がなければならないこと、結果的に人の認識は0.5秒遅れるというセンセーショナルな発見をしたことで有名です。本書でもその実験経緯などが専門家でなくてもわかるように平易に説明されています。
さらにリベットは、この「認識の遅れ」の発見から、本書で非常に示唆に富むいくつかの理論をあげています。その議論はスポーツ選手の身体を動かす自覚から、芸術家の創造性、哲学、宗教まで多面的で興味深いものです。大脳生理学の本ということにとどまらず、生物的な現実に基づく人間の思考に関する考察の書として読むことができます。彼の論点は非常に射程の長い興味深い議論です。一読をおすすめします。
本書では、
「感覚が脳で知覚されるまでには0.5秒かかる」
「私たちが行為をしようと決定したと思う瞬間よりもずっと早く無意識に意思決定している」
という、私たちの直感に反する驚くべき発見が、どのように実験で示されたのか、が述べられています。
この発見内容を、素直に受け入れられるなら、本書は読む必要ないかもしれません。
どうして、そんなことがわかるのか、聞かないと納得できない(皆、そう思うでしょう)、という人のための本のような気がします。
そういう、何を説明しようとしているのかがわからずに読むと、結構キツイかもしれませんね(私はキツかったです・・)。
しかし、この内容たるや、画期的なことであり、意識の問題を考える上で無視はできないでしょう。
あと、最後に「物質からどのように精神が起きるのか」という問題について筆者の仮説が述べられています。これも興味深いのですが、あくまで仮説(というか推測)ですし、「意識の遅れの発見」ほどのインパクトはないですね。蛇足でした。